アンニョン ソウルの旅編 4日目(最終日)前編市内明洞探訪
7:00 起床ー8:30朝食
9:30 Chec outフロント荷物
10:00 明洞ブラツキ、地下鉄乗り換え、 プリンスホテル、サボイホテル
11:30 南大門市場 土産もの韓国海苔
ソウルの旅も本日限り、最終日はフリータイム、16時にはホテルより金浦空港まで移動、19:35フライトで羽田に帰国予定だ。
ホテルでおそめの朝食して、最終日はツアーに参加しないので、空港移動まで、8時間もあるのでソウル市内に出かけることにした。
市内は明洞(ミョンドン)、ソウル駅など、34年前にソウルに駐在した時、生活の場として歩いていたところなので、タクシーか地下鉄で移動しようと出かけた。
しかし、タクシーはつかまらないし、地下鉄の入り口もどこか、案内すら、見つからない、後でわかったが通りを一筋間違えていたようだ。
大きな交差点にあるはずの地下鉄駅入り口がみつけられない、家内も心配になり、通りの店の開店準備しているおばちゃんに訪ねた。
さー!韓国語で”地下鉄”はなんていうの、おばちゃんも日本語はわからない、しかし、おばちゃんの手をさす方向はやはり、交差点の向こう側らしい!
また、歩き交差点まであるいたら地下鉄らしき入り口が見えてきたのでほっとした。
韓国も土曜日は企業が休みが多いので乗客はまばら、次にチケット購入にトラブル、販売機のまえで米軍さんが何か言っている♪※%?、どうも紙幣が使えない?
しかたないので窓口係りに゛明洞2枚!゛と!!!、係りはその紙幣で買えるよ!と言っているらしいので紙幣を入れてみたら切符がでてきた。
後で分かったのはウォン紙幣が新しくなったので販売機が新旧2種類あり、たまたま、最初の販売機は旧だった?
梨莉院よりソウル市内の明洞まで道路がすいていたら、15分たらずだが地下鉄は2回も乗り換え、30分以上かかり移動した。
地下鉄駅はどこですか?지하철의 역은 어디입니까?(チハチョル リョク オデムニカ?)
やっと見つけた!地下鉄入り口
さあー、明洞駅について地上に出たら、34年前とはまるで別世界、とりあえず、滞在していたプリンスホテルはどこか?
数百メーター歩いたら地図にあらわす建物があり、えーここが?
以前は建物の前から入ったら、ホテルフロントがあったが?
今は側面から入るので2ヶ月以上いたホテルとは異なり、こころなしか、寂しさも感じたがフロントに行き、”日本語できますか?””話せます!”若いアガシが答えてきたので、昔の滞在の話をしていたら、びっくりした顔をしていた。
”また、宿泊してください!”とホテル案内書をすすめられたので持ち帰った。
さて、明洞のプリンスホテルに立ち寄りましたが建物はすっかり立て替えて、むかしの面影はなく、時代の流れの速さに思いながら、5月の気候のいい季節で寒くもなく、暑くもなく、多少、歩き疲れもあるので、ホテルに並行する、街角のちっぽけな公園のいすで休憩した。
土曜日の午前中、市内居住の中年女性がグループでショッピングなど楽しそうに、話しながら通りすぎていく。
やまちゃん達は、昔、滞在していたプリンスホテル近くで自分の現在の場所を確認して繁華街明洞を散策を続けた。
予想していた様に、昔のように今でもソウル一番の賑わい、おもいたどりながら、足を進めると車道の通りにきたとき、”あれ!サボイホテルが”、と思いだしたので、そのままそのホテルのフロントを訪ねた。
このホテルは34年前に、日本からの滞在者が常宿として使っていたので思い出した。
明洞ではどこかのTV局のカメラでがアガシ二人のぶらつきシーンを撮っていた。懐かしさの明洞も散歩したので、その後、家内の土産の話になり、南大門市場に海苔を買うことになり、明洞より約20分歩いてツアー添乗員に紹介の店に足を運んだ。
昔、日常品は何でも揃う便利な市場だったが、今も、賑わい人の集まる場所、ソウルに訪れた最初の日に紹介の南山商会と言う店で、韓国海苔が安い店に来たので、迷うことなくみやげ店に入ることができた。
店内には商品として韓国海苔がヤマズミにされており、また、日本人向けにTVドラマの有名主人公の写真が飾られ、来店メッセージが壁一面に貼られ、いかに日本人客が多いかが、うかがわれる。
土産用の海苔を買い、明洞に戻り、昼をとる時間になったのでガイドフックに載っていた新世界デパートのレストランに行くことにした。
この新世界デパートはコスモスデパート(現在はロッテになっている)と同じ様に以前には何回も生活のため、休日の食事などできていたところなので思い出深い店ですが現在は最新システムのフードガーデンになり、オープンスペースもあり、洋食、中華、韓国料理もあり、ソウル近郊のみなさんの食事と安らぐ憩いの場になっていた。
結局、昼食はこのフードガーデンの”オムライス”になった。
丁度、昼時、料理が出てくるまで時間がかかったので、この旅行の話などしていると、隣の席で食事をしていた70歳代のおじいさんに”あなたたちは日本の方ですか?”
そのおじいさんと話をしているうちに家族の方より電話がはいるまで、昔の話になった。
戦争のこと、子供時代、日本語で教育を受けたことなど、現在は何と宮本武蔵長編小説を読んでいるなど、子供時代、青年時代、日本の侵略戦争により、苦労をともにした人生を話したかった様だが、家族より携帯に電話が入ったため、ご旅行は気をつけて楽しんでくださいと言い、席を離れていきました。
フードガーデンのオープンスペースより南山のソウルタワーを見上げながら、明洞を後にして、午前中の逆戻りのコースで同じように地下鉄で梨莉院(イテウオン)のホテルに戻った。
新世界デパートのレストラン、オムライスにキムチが!
自販機カンコーヒー 600W(¥60円)なの?
今回のツアーを振り返ると、お土産店と免税店が案内のコースに予定されており、日本の観光会社より委託された韓国の観光会社が添乗員に言い渡されているようだ。
その中でもかならず土産店は移動中立ち寄り、みやげ物を買う買わないにもかかわらず、立ち寄り、韓国観光事業に貢献しているものと思われた。
特に南大門市場に初日、3日目、最終日と3回訪れたが、ソウルの中心街に規模的に広い、あらゆる日常品、お土産品があるので、添乗員には移動中、時間調整にも立ち寄ることもありました。
しかし、そのたび、2月の旧正月焼失した韓国最古の南大門を通るので、工事中の張り紙と焼失前の南大門の大きな写真が工事中柵壁に貼られているので不自然な感じがなく、何となくここに南大門があると思われた。
ホテルに戻るとロビーで預けた荷物を受け取り、お茶を飲んでいると、結婚式の披露宴が終わった客で賑やかになってきた。
つづく!
9:30 Chec outフロント荷物
10:00 明洞ブラツキ、地下鉄乗り換え、 プリンスホテル、サボイホテル
11:30 南大門市場 土産もの韓国海苔
ソウルの旅も本日限り、最終日はフリータイム、16時にはホテルより金浦空港まで移動、19:35フライトで羽田に帰国予定だ。
ホテルでおそめの朝食して、最終日はツアーに参加しないので、空港移動まで、8時間もあるのでソウル市内に出かけることにした。
市内は明洞(ミョンドン)、ソウル駅など、34年前にソウルに駐在した時、生活の場として歩いていたところなので、タクシーか地下鉄で移動しようと出かけた。
しかし、タクシーはつかまらないし、地下鉄の入り口もどこか、案内すら、見つからない、後でわかったが通りを一筋間違えていたようだ。
大きな交差点にあるはずの地下鉄駅入り口がみつけられない、家内も心配になり、通りの店の開店準備しているおばちゃんに訪ねた。
さー!韓国語で”地下鉄”はなんていうの、おばちゃんも日本語はわからない、しかし、おばちゃんの手をさす方向はやはり、交差点の向こう側らしい!
また、歩き交差点まであるいたら地下鉄らしき入り口が見えてきたのでほっとした。
韓国も土曜日は企業が休みが多いので乗客はまばら、次にチケット購入にトラブル、販売機のまえで米軍さんが何か言っている♪※%?、どうも紙幣が使えない?
しかたないので窓口係りに゛明洞2枚!゛と!!!、係りはその紙幣で買えるよ!と言っているらしいので紙幣を入れてみたら切符がでてきた。
後で分かったのはウォン紙幣が新しくなったので販売機が新旧2種類あり、たまたま、最初の販売機は旧だった?
梨莉院よりソウル市内の明洞まで道路がすいていたら、15分たらずだが地下鉄は2回も乗り換え、30分以上かかり移動した。
地下鉄駅はどこですか?지하철의 역은 어디입니까?(チハチョル リョク オデムニカ?)
やっと見つけた!地下鉄入り口
さあー、明洞駅について地上に出たら、34年前とはまるで別世界、とりあえず、滞在していたプリンスホテルはどこか?
数百メーター歩いたら地図にあらわす建物があり、えーここが?
以前は建物の前から入ったら、ホテルフロントがあったが?
今は側面から入るので2ヶ月以上いたホテルとは異なり、こころなしか、寂しさも感じたがフロントに行き、”日本語できますか?””話せます!”若いアガシが答えてきたので、昔の滞在の話をしていたら、びっくりした顔をしていた。
”また、宿泊してください!”とホテル案内書をすすめられたので持ち帰った。
さて、明洞のプリンスホテルに立ち寄りましたが建物はすっかり立て替えて、むかしの面影はなく、時代の流れの速さに思いながら、5月の気候のいい季節で寒くもなく、暑くもなく、多少、歩き疲れもあるので、ホテルに並行する、街角のちっぽけな公園のいすで休憩した。
土曜日の午前中、市内居住の中年女性がグループでショッピングなど楽しそうに、話しながら通りすぎていく。
やまちゃん達は、昔、滞在していたプリンスホテル近くで自分の現在の場所を確認して繁華街明洞を散策を続けた。
予想していた様に、昔のように今でもソウル一番の賑わい、おもいたどりながら、足を進めると車道の通りにきたとき、”あれ!サボイホテルが”、と思いだしたので、そのままそのホテルのフロントを訪ねた。
このホテルは34年前に、日本からの滞在者が常宿として使っていたので思い出した。
明洞ではどこかのTV局のカメラでがアガシ二人のぶらつきシーンを撮っていた。懐かしさの明洞も散歩したので、その後、家内の土産の話になり、南大門市場に海苔を買うことになり、明洞より約20分歩いてツアー添乗員に紹介の店に足を運んだ。
昔、日常品は何でも揃う便利な市場だったが、今も、賑わい人の集まる場所、ソウルに訪れた最初の日に紹介の南山商会と言う店で、韓国海苔が安い店に来たので、迷うことなくみやげ店に入ることができた。
店内には商品として韓国海苔がヤマズミにされており、また、日本人向けにTVドラマの有名主人公の写真が飾られ、来店メッセージが壁一面に貼られ、いかに日本人客が多いかが、うかがわれる。
土産用の海苔を買い、明洞に戻り、昼をとる時間になったのでガイドフックに載っていた新世界デパートのレストランに行くことにした。
この新世界デパートはコスモスデパート(現在はロッテになっている)と同じ様に以前には何回も生活のため、休日の食事などできていたところなので思い出深い店ですが現在は最新システムのフードガーデンになり、オープンスペースもあり、洋食、中華、韓国料理もあり、ソウル近郊のみなさんの食事と安らぐ憩いの場になっていた。
結局、昼食はこのフードガーデンの”オムライス”になった。
丁度、昼時、料理が出てくるまで時間がかかったので、この旅行の話などしていると、隣の席で食事をしていた70歳代のおじいさんに”あなたたちは日本の方ですか?”
そのおじいさんと話をしているうちに家族の方より電話がはいるまで、昔の話になった。
戦争のこと、子供時代、日本語で教育を受けたことなど、現在は何と宮本武蔵長編小説を読んでいるなど、子供時代、青年時代、日本の侵略戦争により、苦労をともにした人生を話したかった様だが、家族より携帯に電話が入ったため、ご旅行は気をつけて楽しんでくださいと言い、席を離れていきました。
フードガーデンのオープンスペースより南山のソウルタワーを見上げながら、明洞を後にして、午前中の逆戻りのコースで同じように地下鉄で梨莉院(イテウオン)のホテルに戻った。
新世界デパートのレストラン、オムライスにキムチが!
自販機カンコーヒー 600W(¥60円)なの?
今回のツアーを振り返ると、お土産店と免税店が案内のコースに予定されており、日本の観光会社より委託された韓国の観光会社が添乗員に言い渡されているようだ。
その中でもかならず土産店は移動中立ち寄り、みやげ物を買う買わないにもかかわらず、立ち寄り、韓国観光事業に貢献しているものと思われた。
特に南大門市場に初日、3日目、最終日と3回訪れたが、ソウルの中心街に規模的に広い、あらゆる日常品、お土産品があるので、添乗員には移動中、時間調整にも立ち寄ることもありました。
しかし、そのたび、2月の旧正月焼失した韓国最古の南大門を通るので、工事中の張り紙と焼失前の南大門の大きな写真が工事中柵壁に貼られているので不自然な感じがなく、何となくここに南大門があると思われた。
ホテルに戻るとロビーで預けた荷物を受け取り、お茶を飲んでいると、結婚式の披露宴が終わった客で賑やかになってきた。
つづく!
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